こんにちは。hug-mamaです。
もうすぐ夏休みです。
前回は学校ではなかなか成功体験を積むことが難しい長男が幼い頃から続けてきた水泳に支えられた出来事についてお伝えしました。

ここ数回、長男の学校生活の立て直しについて書いてきました。
短時間登校、友達との関わり、学習の変化。
振り返ってみると、この期間で一番変わったのは、長男ではなく私だったかもしれません。
今回は、「相談する」ことについて書きたいと思います。
「親がなんとかしなければ」と思っていた
以前の私は、どこかで「この子のことは親が一番わかっている。親がなんとかしなければ」と思っていました。
もちろん、医師にも学校にも相談はしていました。
でも、それは「報告」に近いものだったと思います。
状況を伝えて、アドバイスをもらって、あとは家庭でなんとかする。
最終的に判断するのは自分。
抱えているのも自分。
そんな感覚でした。
限界が来たのは、子どもだけではなかった
今年度、長男の荒れ方が強くなった時期がありました。
家庭でできることは全部やっているつもりでした。
でも、状況は良くならない。
むしろ悪くなっていく。
「私の対応が悪いのだろうか」
「何が正解なのか、もうわからない」
そんな状態で、医師に緊急で相談しました。
正直に言えば、あの時は「相談した」というより「助けてほしかった」が近いと思います。
関係者が同じテーブルについた
そこから、学校・放課後等デイサービス・家庭で支援会議を開くことになりました。
同じテーブルについて、それぞれが見ている長男の姿を出し合う。
そこで気づいたことがあります。
私が見ている長男は、長男の一部でしかなかった、ということです。
家庭での姿。学校での姿。放デイでの姿。
それぞれ違っていて、全部を見ている人は誰もいない。
だからこそ、持ち寄ると見えてくるものがありました。
学校で起きていた悪循環も、この場で初めて全体像が見えたことでした。
▶︎【短時間登校を始めた理由—学校がつらくなった子の「立て直し」を考えた話】
専門家の言葉に、何度も助けられた
この時期、周囲の言葉に何度も視点を変えてもらいました。
医師からは、頑張り続けて疲れ切っている時に必要なのは、さらに頑張ることではなく、まず立て直すことだという話。
放デイの職員さんからは、「今出てきている課題は、成長したから見えてきたもの」という話。
▶︎【短時間登校のその後ー発達特性のある子の友達関係で見えてきた新しい課題】
どちらも、私一人では絶対にたどり着けなかった見方です。
同じ出来事でも、どの角度から見るかで、親の心の持ちようは全く変わります。
そして親の心の持ちようは、そのまま子どもへの接し方に表れます。
「相談する」は、弱さではなかった
以前の私は、相談することにどこか「申し訳なさ」がありました。
忙しい先生の手を煩わせてしまう。
こんな細かいことで連絡していいのか。
親なのに自分で判断できないのか。
でも今は、考え方が変わりました。
長男を支えるチームがあって、私はそのチームの一員。
一番近くで見ている情報を持ち寄る役割。
そう考えると、相談は「弱さ」ではなく「役割」です。
むしろ、情報を抱え込むほうがチームの動きを遅らせてしまう。
そう思えるようになってから、連絡のハードルはずいぶん下がりました。
目の前だけを見ると、苦しくなる
それでも、日々の中では苦しくなることがあります。
うまくいかない日。
「また振り出しか」と感じる出来事。
目の前のことだけを見ていると、進んでいないように思えてしまう。
でも、誰かに話すと、変わることがあります。
「以前と比べたら、ここが変わりましたね」
そう言ってもらえて初めて、「そういえば」と気づく。
一人で見ていると、変化は見えません。
一緒に見てくれる人がいるから、振り返った時に「進んでいる」とわかる。
相談することの一番の価値は、アドバイスをもらうことよりも、そこにあるのかもしれません。
正直に言うと、今でも「親がなんとかしなければ」と思ってしまうところはあります。
それは、たぶんこれからも完全にはなくならないのだと思います。
でも、一人で抱えていた頃とは違います。
困った時に、一緒に考えてくれる人たちがいる。
私に限界が来ても、長男を見てくれる目が他にもある。
それが今の、私の一番の安心材料です。


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