こんにちは。hug-mamaです。
前回、学校生活が少しずつ立て直されていく中で、学習面に変化があったことを書きました。

その中で少しだけ触れた「得意なこと」について、今回は書きたいと思います。
しんどい時期の長男を支えてくれたもののひとつ。
それは、幼い頃から続けてきた水泳でした。
始めたのは、診断の少し前だった
長男が水泳を始めたのは、幼児期のことです。
体力づくりのために何か運動をさせたい。
以前からそう考えていたものの、毎日に追われて先延ばしになっていました。
ようやく通わせようと動き出したのは、ちょうど発達の診断を受ける少し前。
だから、申し込みの時に悩みました。
クラブ側に、この子の特性をどう伝えればいいのか。
伝えることで断られたりしないか。
考えた末、申込書には「こだわりが強いところがあります」ということを正直に書きました。
体験に参加した時、親の心配をよそに、長男は水の中でとても楽しそうでした。
その姿を見て、「この子は通い続けられる」と思ったのを覚えています。
すぐに上達したわけではなかった
長男は、運動が嫌いな子ではありません。
ただ、手足を協調させて動かすことには、特性ならではの苦手さがありました。
だから、なかなか伸びない時期もありました。
同じ級にずっと留まる。
周りの子が先に進んでいく。
それでも長男は、黙々と通い続けました。
そして数年後、長く続けてきたことを認めてもらえる機会がありました。
その時の、達成感に満ちた誇らしい顔。
「これまでよく頑張ったね。大好きがあるって、いいね」
「うん!これからも頑張る!!」
そんなやり取りをしたことを、今でも覚えています。
学校の水泳の授業が「活躍できる時間」になった
学校で水泳の授業が始まると、長男にとって特別な時間になりました。
嬉しくて気持ちが高ぶる様子はあったものの、習い事で慣れていることもあり、やること自体は問題なくできる。
親として見守るポイントも、「プールサイドを走らない」「先生の話をよく聞く」といった授業のルール面だけで、泳ぎそのものの心配はいりませんでした。
これは、他の場面ではなかなかないことでした。
いつも「できるかな」と心配しながら見守ることが多かった中で、水泳だけは安心して任せられる。
そして長男自身も、泳げるグループに入り、泳ぎが苦手な子とペアを組んで「見守る側」を任されました。
上手に説明できるわけではありません。
でも、本人なりに、友達がうまく過ごせるように目を配ったり手本を見せる様子が見られました。
いつも支えられる側だった長男が、誰かを支える側に立てた。
その意味は、泳力以上に大きかったと思います。
「一年中毎日、水泳の時間があればいいのにな」
フリーで泳ぐ時間の長男は、まさに水を得た魚でした。
水泳のある日は一日中安定し、家に帰ると、友達にどう教えたかを報告してくれました。
そして、こう言いました。
「一年中毎日、水泳の時間があればいいのにな」
学校がしんどい時期を通ってきた子の言葉として、これがどれだけ大きいことか。
学校の中に「早く行きたい時間」がある。
同級生より少しだけできることがある。
それが、本人の自信を支えてくれていました。
続けることは、きれいごとだけではなかった
こう書くと順調な習い事のようですが、実際はそうではありません。
習い事の日に「行きたくない」と言うことは、少なくありませんでした。
それでも、なんだかんだで続けていました。
屋内プールは声が響いて指示が聞き取りづらいなど、長男にとって苦手な面もあります。
でも、自分ひとりで黙々と進められること。
潜水した時の、静かな水の中。
長男には、好きな場面もたくさんあるようです。
賑やかな場所が苦手な子が、水の中の静けさを心地よく感じている。
それを知った時、この子に水泳が合っていた理由が、少し分かった気がしました。
得意なことは「自分を保つ場所」になる
発達特性のある子の子育てでは、どうしても「苦手をどうするか」に目が向きがちです。
私自身、そうでした。
でも、しんどい時期の長男を支えてくれたのは、苦手の克服ではなく、得意なことでした。
得意なことがあるというのは、特技を持つということだけではなくて、
「できる自分」を実感できる場所を持つこと。
しんどい時に、自分を保てること・場所があること。
そう思います。
コツコツ続けてきてよかった。
今は、心からそう思っています。

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