「心配しすぎ」と言われても仕方なかったー2〜3歳の頃、まだ見えなかったこと

成長記録

こんにちは。hug-mamaです。

以前、3歳児クラスの頃に長男がひとり遊びばかりしていたことについて書きました。

▶︎【3歳でひとり遊びばかり…お友達と遊ばないのは大丈夫?実体験で感じたこと】

あの頃、私は漠然とした違和感を持っていました。

でも今回書きたいのは、「気づいていたのに見過ごした」という話ではありません。

むしろ、あの時点では、本当にわからなかったという話です。

2歳、立ち話での「ひとり遊びが好きな子もいますよ」

最初に引っかかったのは、2歳の頃でした。

ブロックやお絵描きなど、一人で黙々と遊ぶことが多い子でした。

お迎えに行っても、みんなの輪に入らず、一人の世界に没頭していることがよくあって。

ある日、送り迎えのときに先生に立ち話で聞いてみたことがあります。

返ってきたのは、「みんなまだ幼いですし」「そういう子も多いですよ」という言葉でした。

さらに、「いつも一人というわけではなくて、お友達と過ごしていることもありますよ」とも言われました。

その時は、それで納得していました。

3歳、本格的な相談で見えていたもの

本格的に相談したのは、3歳児クラスの頃です。

お招き会でやはり、一人遊び。

他の子は連れ立って遊んでいるのに、一人黙々と遊んでいます。

同じ頃、登園しぶりや、いわゆるイヤイヤ期の対応について先生に相談したことがありました。

おもちゃや場所の取り合いで、お友達とトラブルになることもありました。

引っ掻いたり、引っ掻かれたり。

その年齢なら、よくあることです。

一方で、いい面もたくさんありました。

先生がきちんと振り返って話をすると、なぜダメなのか、どうすればいいのかをちゃんとわかっている。

弟や友達に優しい言葉をかけたり、助けてあげたりする場面もある。

かと思えば、たまに意地悪をして、いたずらしてニヤリとしていることもある。

つまり、良いところも困ったところも両方ある、ごく普通の3歳児の姿でした。

基本的には、成長を褒めて伸ばす、というスタンスで接してもらっていました。

「こういうことができるようになりましたね」

「ずいぶん落ち着いてきましたね」

そう言われるたびに、私は励まされていました。

励まされていたのは、私だったかもしれない

今になって思うのですが、あの頃の私は、他の子が落ち着いて見えて比較したり、二人育児とフルタイム勤務で疲弊したりしていました。

だから先生の言葉は、「お母さん頑張ってますね」「この年代の子はこういうものですよ」という色合いが強かったように思います。

長男の成長を強調してもらうことで、私自身のメンタルが安定していました。

家庭での対応にも余裕が生まれ、長男も機嫌のいい時にはいい方向に向かっているように見えていました。

先生は、長男のことだけでなく、疲れていた私のことも、同時に見てくれていたのかもしれません。

「この年齢はそういうものですよ」という言葉

トラブルがあっても、優しい場面があっても、たまにいたずらをしても、それは「よくある3歳児の姿」の範囲に収まっていました。

きょうだいが生まれたら「かわいいね」と言ってお布団をかけてあげたり、具合が悪い時には心配そうにのぞき込んだり。

下の子の後追いが始まって、自分の真似ばかりするようになると、それを嬉しく思うこともあれば、疎ましく思うこともある。

きょうだいがいれば、きっと多くの子が通る道です。

その一方で、上の子には、下の子ができたことでの寂しさがつきものだとも、先生から言われていました。

先生には「この年齢はそういうものですよ」と言われ、実際に成長している面もあり、きょうだいの存在で寂しさを感じている様子もある。

その子らしさを大事にしながら、トラブルがあれば適切に説明して、次につなげる。

その方向性は、今振り返っても間違っていなかったと思います。

もしあの状況で心配して受診などをしていたら、「お母さん、心配しすぎですよ」と言われていたのではないかと思います。

お便り帳を見返して、気づいたこと

ただ、後から見返すと、ひとつだけ気になる記録がありました。

2歳児クラスから3歳児クラスにかけて、発表会、運動会、お招き会。

こうした行事に、長男は一度も本番で出演できていませんでした。

先生に抱っこされたまま。

親に抱っこされたまま。

舞台袖で見ているだけ。

形はいろいろでしたが、練習や自宅ではうまくできているのに、本番だけできない。

それが、毎回でした。

親も先生も、そのたびに「次こそは」と思っていました。

長男自身は、いつも「頑張った!」と前向きでした。

その素直な姿に、私たちは成長や可愛らしさを感じていました。

普段はできているんだから、たまたま本番はできなかっただけ。

次はきっとできるはず。

そう捉えて、繰り返し流していました。

今思えば、あれは「たまたま」の連続ではなく、ひとつのパターンだったのかもしれません。

でも、当時のあの明るい前向きさを見ていると、そこに立ち止まることは難しかったんです。

長男は、人に対する興味がないわけではありません。仲良くしたい気持ちも、ちゃんとあります。

ただ、その興味が長続きしなかったり、距離感がうまくつかめなかったりする。

2〜3歳の頃は、それも周りの子たちみんなが持っている不器用さの範囲でした。

でも長男にとっては、今もまだ学んでいる途中のことなんだと思います。

ちなみに、その後の友達関係がどう変化していったかは、こちらに書いています。

▶︎【3歳でひとり遊びばかりだった子のその後ー友達に興味がないと思った息子の変化】

本当に変わったのは、転園してから

はっきりと「何かが違う」と感じるようになったのは、こども園に転園した年中の頃からでした。

保育園時代は、たくさん褒めてもらって、甘えさせてもらって、手をかけてもらいながら乗り越えていました。

でも転園すると、先生も、友達も、園舎も変わります。

一から人間関係を築き直す段階になったこと。

そして、ちょうど心身ともに成長し、言葉で解決できるはずの年齢に差し掛かってきたこと。

そのタイミングが重なって、「おや?」が大きくなり、トラブルも大きくなっていったのだと思います。

新しい園の先生方も、最初は対応に慣れていませんでした。

もちろん、その後は少しずつ長男のことを理解し、素晴らしく助けてもらうことになるのですが、それはまた別の記録です。

▶︎【「頑張らせなきゃ」が空回りしたー転園後の登園しぶりと脱走事件】

こども園時代の流れ全体は、こちらにまとめています。

▶︎【まとめ】こども園編(特性の気づきから卒園まで)

見分けがつきにくいから、大切にしたいこと

2〜3歳の頃の長男の様子は、発達特性によるものと重なる部分もあります。

でも、それだけで「特性があったから」とは言い切れませんし、「関係なかった」とも言い切れません。

このくらいの年齢では、個性なのか特性なのか、見分けがつきにくいものなんだと思います。

それくらい、特性の現れ方は人によって違うし、対応の仕方も千差万別です。

だからこそ、大事なのは、すぐに答えを出すことではないのかもしれません。

日々の様子をよく見ておくこと。

一人で抱え込まず、先生や周りの人に相談しておくこと。

そして、たとえその時は気づけなくても、記録や記憶として残しておくこと。

私自身、当時のお便り帳に今になって何度も助けられています。

正直、毎日書くのは大変でした。忙しい日々の中で、なんとか一言二言、絞り出すように書いていた日もあります。

でも、もし長男に何の特性もなかったとしても、これはこれでいい思い出として残ったと思います。

見返すたびに、あの頃の長男の姿が、ちゃんとそこにあります。

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