こんにちは。hug-mamaです。
あっという間に2月が終わりますね。年度末に差し掛かり、別れと出会いの季節です。
学校でも新年度に向けてざわざわする季節。感じやすい長男にとっては、毎年、年間でもっとも不安定になりやすい時期でもあります。それでも年々、事前に対策しながら一緒に乗り越えられるようになり、成長を感じる季節にもなりました。
「小学校入学」というハードル
前回は最初の療育をやめた時の話と、加配がついてすぐの頃の長男の様子についてお伝えしました。
今回は小学校入学に向けたいくつかの決断と、葛藤についてお伝えします。小学校入学を見据えてこども園に転校した時期からはっきりと現れてきた長男の特性と困り感ですが、小学校はさらに大きなハードルになることは間違いありませんでした。なるべくスムーズに、本人の負担を最小限に抑えながら移行させていける方法を模索し、1年前から準備し始めました。
入学1年前から始めた準備と、振り出しに戻る感覚
長男が診断を受けたのは、年中の後半で、年長クラスでは加配の先生がついてくださることになりました。加配がついてからは本人の状況や特性に合わせて対応していただけることにより、以前よりのびのびと過ごしている様子が感じられていました。ただ、この状況は今年度に限ったもので、ずっと続くわけではありません。
次年度には小学校入学が控えており、公立小学校か特別支援学校か、公立に行くとしたら普通クラスか特別支援クラス(特支クラス)かなど、検討すべきことは山のようにありました。
ここまでの1年で、いくつものハードルを越えてきたと思っていました。それだけに、「また振り出しかもしれない」という感覚もありました。それでも、段階に応じて重ねてきた対応が長男を確実に前へ進めてくれたことを思い出し、迷いながらも準備を始めました。
加配の手続き等をした経験から、学校関連の手続きには半年から1年近くかかることを学んでいました。そのため、最初の診断や加配手続き、療育手続きなどがひと段落したのち、安心する間もほとんどなく、次年度の検討・準備に取り掛かりました。
調べてみると、幼稚園までと小学校では加配の仕組みや考え方も全く異なることがわかりました。未就学児は生活面・安全面から個別支援が重視されるためマンツーマン配置も可能な一方、小学校からは教育機関となり学習や自立に重きが置かれることから、個別配置ではなく学校・学級への支援になることが多いとのこと。
加配があることでようやく少し落ち着いて過ごせるようになった長男ですが、この状況は一時的なものであることを受け入れなければなりませんでした。
特支クラスという選択。わが家が「スロースタート」を選んだ理由
最初の大きな選択、校種選びについて、公立小学校の特支クラスに通わせたいということは夫婦で相談して比較的すぐに決まりました。長男の特性、普段の様子、パニック時の様子、登校や行事参加、将来の選択肢や兄弟児となる弟の通学などについても合わせて考えた結果です。
学校の先生や医師にも伝えたところ、概ね賛同を得られました。その上で周辺の小学校を数カ所見学しました。それにより、学校によって教室の作りや配置が異なることや学校の雰囲気、校長先生や特別支援教育コーディネーターの先生の考え方や人柄などを知ることができました。
公立学校の特支クラスに通いたい場合、保護者の希望と教育委員会による就学判断が必要となります。こども園までとは役所の担当課も異なりますが、問い合わせしつつ手続きを進めました。
小学校からは個別配置の加配人員をつけることはできませんが、現在の状況を説明するなどして、進学後も一定の見守りが必要だと判断されたようで、そのための手続きも同時に行いました。現状、個別加配を受けていることから、小学校へ進学後は長男だけの加配ではないことはいろいろなところで確認されました。
知り合いの中には、教員から特支クラスなどの支援を勧められているものの、親の方針で普通クラスに行くことを選択している家庭もありました。一方で長男の進学予定の学校では1年生は1クラス30人程度となることがわかっていましたし、本人の状況から、個別支援計画をもとにした支援を受けられる方がいいと考えたため、特支クラスを希望しました。
実際に進学して本人の成長が見られれば、通級したり普通クラスへ行ったりもできる一方で、特支クラスに所属するには前年度からの申請・審査が必要とされるため、変化に弱い長男にとって大きな変化にあたる小学校進学時には、一番安全な道だと考えました。
小学校進学後、療育はどう続けるか
学校の手続きと並行して、療育も調整を始めました。未就学児の間は「児童発達支援」、小学生からは「放課後等デイサービス」(放デイ)といい、自動では切り替わらないため手続きが必要でした。
その時通っていた2つの療育のうち一つは「児童発達支援」のみを行なっていたため、必然的に通うことができなくなります。さらに学校も幼稚園までのように時間に自由が効くわけではないため、時間割に合わせて動く必要があり、学校までの送迎がついていることが必須でした。
最初に通っていた療育をやめて急遽受け入れてもらった療育は、こども園からの送迎は対象外で、指定小学校も同様でした。卒園、入学などただでさえ学校の変化が大きい時期に、指定校にこだわって療育まで変更するのは危険だと感じていました。
校区外という選択と、手放すことへの迷い
学校見学や療育との調整の結果、同じ市内ではあるものの指定校以外の学校に通うことにしました。療育からの送迎が可能であること、その学校が地域の中核校となっていること、特支クラスの教室にクールダウンのための小部屋があったことなどが決め手となりました。唯一の心配といえば、校区外になるためそれまでのお友達とは離れてしまうことでした。
長男はほとんどの時間を先生とマンツーマンで過ごしていましたが、憧れの子は何人かいました。正直、守る選択が、何かを手放す選択にも思えました。ただそれ以上に、この決断は今できる最善の選択だという確信もありました。
本人にどのタイミングでどう伝えるか、悩む日が続きましたが、少しずつ、丁寧に、何度も説明することで前向きに受け入れてもらうことができたと思っています。
今でも時々、「あの子は元気かな」「みんなと同じ学校が良かったな」と話すことがあります。誰かを好きで大事にした記憶が、しっかり長男の中に残っている。そのことに気づくたび、少し胸がちくっとしながらも、嬉しく思っています。
次回は、年長クラス時の各種行事参加についてです。集団生活が苦手な中でも、さまざまな工夫でいろいろなことに挑戦。かけがえのない経験ができました。


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