こんにちは。hug-mamaです。
前回、転園後の登園しぶりと脱走事件について書きました。

今回は、その後の時期のことです。
園の門の鍵の開け方を覚えた長男は、気持ちが爆発したタイミングで、何度も脱走を繰り返すようになっていました。
そして、それだけでは終わりませんでした。
「今日はどんな事件が」
お迎えに行くと、先生に呼び止められる日が増えていきました。
お友達とのトラブル報告です。
減るどころか、むしろ増えていく一方で、「お友達に怪我をさせてしまった」という連絡が入ることもありました。
トラブルになる相手は特定の子ではなく、男の子、女の子を問わず、毎回違う子でした。
先生方は、決して責めるような伝え方はしませんでした。
事実として、必要なことを伝えてくれている、とわかっていました。
ただ、次第に、お迎えの時間が近づくと、心のどこかが構えてしまうようになっていました。
「今日は、どんな事件があったんだろう」
そう思いながら、迎えに行くようになっていました。
家の長男と、園の長男。
不思議だったのは、家での長男が、まったく違う子に見えることでした。
話し上手で、笑顔の多い子。
私にとって長男はずっと「育てやすい子」という感覚だったので、園で聞かされるトラブルの様子が、正直、想像できませんでした。
家の長男と、園の長男。
まるで違う、信じられないという感覚すらありました。
ただ、園からの報告を連日聞いていると、自宅でたまに起こる小さなことが結び付けられていきました。
ブロックがうまく作れなかったときや、きょうだいとのやりとりの中で、瞬間的に癇癪を起こすことが見られるようになっていたんです。
体は小さいのに、力は強くて、加減が効かない。
ちょっとした違和感でしたが、学校からの報告と合わせると、次第に大きな違和感になっていきました。
それでも、家では大きな爆発になる前に、なんとなく収まっていたので、「たまに怒りっぽいときもあるけど、幼いし、まあこんなものか」くらいにしか捉えていませんでした。
園での様子を繰り返し聞かされるうちに、家にも同じ種があったことが分かり始めました。
ただ、家では事が大きくなる前に、無意識のうちに止められていただけだったんだと気づき始めました。
削られていく、自己肯定感
体は小さいのに、力は強くて、加減が効かない。
ちょっとした違和感でしたが、学校からの報告と合わせると次第に大きな違和感になっていきました。
いつか誰かに大怪我をさせてしまう日が来るかもしれないー。
そんな不安を抱くようになっていました。
親としての自分に対する自信のようなものが、日々少しずつ削られていく感覚。
「私の育て方が、悪いのだろうか」 そう思わない日は、なかったように思います。
水筒の紐を、噛みちぎっていた
その頃、気になることがありました。
長男の持ち物が次々に破損するようになったんです。
水筒の紐、リュックの肩紐。
どちらもかなり硬い生地でできていて、朝は異常がなかったのに、夕方迎えに行くと壊れている。
先生によると、トラブル後の混乱の中で、長男自身が噛みちぎったというのです。
歯への影響を気にするほどの力がかかっていたようでした。
この頃には爪噛みも見られるようになっていて、どういう状況なのか私たちもうまく理解できていませんでした。
ただ、長男が不安定になっていることだけは確かだと思いました。
できることとして、以前にも増してスキンシップやコミュニケーションを増やすよう心がけました。
それでも、何が長男をそうさせるのかは、わかりませんでした。
「発達の観察」という言葉
そんな日々が続いたある日、先生から声をかけられました。
「一度、市の発達観察を受けてみませんか」
その言葉を聞いた瞬間のことを、はっきり覚えています。
「発達の観察」という単語は、胸のどこかでずっと感じていた違和感の正体を、とうとう正面から突きつけられたような感覚でした。
衝撃でした。
でも同時に、どこかで思ってもいました。
「ああ、やはり、そういうことだったのかもしれない」
驚きと、腑に落ちる感覚が、同時にあったんです。
園で見せる長男の一面は、本人なりのSOSだったのかもしれません。
このときの私には、まだそれがわかっていませんでした。
次回は、発達観察を受けてから、さらに状況が変わっていく時期の記録を書きたいと思います。

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