「育てやすい子」だと思っていたー発達特性のある長男の乳幼児期に見えたサイン

成長記録

こんにちは。hug-mamaです。

我が家の長男が赤ちゃんだった頃の写真を見ると、表情豊かにいつも笑っています。

よく飲んで、よく寝て、よく笑う子でした。

その頃の私は、この子に発達の特性があるとは想像もしていませんでした。

長男は今、発達の診断を受けています。

でも診断がついたのは、ずっと後のこと。

乳幼児期には、はっきりした「困りごと」として見えていたわけではありませんでした。

それでも、診断を受けた今になって振り返ると、思い当たることがいくつもあるのです。

「個性」だと思っていたこと。

「怖がりなんだな」で済ませていたこと。

「もったいないな」と感じていたこと。

その一つひとつが、今思えば小さなサインだったのかもしれません。

今回は、そんな乳幼児期の記録を書きたいと思います。

同じように「まだ小さいけれど、少し気になることがある」という方に、ひとつの見方として届けばと思います。

よく寝て、よく笑う赤ちゃんだった

赤ちゃんの頃の長男は、よく飲んで、よく寝て、よく笑う子でした。

寝返りができるようになった頃には、目を合わせてにっこり笑い、声をあげて応えてくれる。

笑うと眉が下がって、とても可愛らしい笑い方をする子でした。

その顔を見るだけで、こちらまで幸せになるような。

保育園に通い始めてからも、朝は少し泣くものの、私の姿が見えなくなるとケロッとして、あとは楽しそうに過ごしていたようです。

環境の変化にも、大きく崩れることがない。

正直、「育てやすい子だな」と思っていました。

だから当時の私は、発達について心配することはほとんどありませんでした。

今振り返ると、刺激に対して穏やかに見えたその様子の中に、長男なりの世界の感じ方がすでにあったのかもしれません。

でも、それに気づくのはずっと後のことです。

「怖い」に、とても敏感だった

少し大きくなって、一緒にアニメを見るようになった頃のことです。

オープニングでは、ニコニコしながら歌ったり踊ったり。

ところが本編が始まってしばらくすると、様子が変わるのです。

「事件が起こりそう」という不穏な音楽が流れたり、怖いキャラクターが悪さをしそうになったりする、まさにその場面。

長男は「いや〜!」と泣きながら、寝室に走っていってしまいます。

そして、しばらくするとスッと戻ってきて、またニコニコになる。

面白いのは、ヒーローが敵をやっつける決め台詞の場面には、ちゃっかり戻ってきて、一緒に悪者退治をしていたことです。

一つの作品だけではありませんでした。

いくつかのアニメで、同じ場面で同じように反応していました。

最初は心配しましたが、この「ちゃっかり戻ってくる」姿を見て、私は「少し怖がりな子なんだなぁ」くらいに思っていました。

でも今思えば、これは長男の「感じやすさ」だったのだと思います。

音や雰囲気を、人より強く受け取る。

そういう特性が、こんなに小さな頃から表れていたのかもしれません。

家では歌えるのに、本番でいなくなる

保育園の2〜3歳児クラスの頃、夏の行事がありました。

クラスのみんなで歌を披露する、という出し物です。

家での長男は、歌がとても上手な子でした。

音程もリズムも、驚くほど正確に歌える。

事前の練習でも、ちゃんとできていました。

ところが本番。

列に並んでいたはずの長男が、ちょっと目を離した隙に、忽然といなくなっているのです。

私はまるでスパイ映画の刑事のように、「ホシ」を追いかけて園内を走り回っていました。

みんなが歌っている横で、追いかけっこをしているような状態です。

結局その日は、行事をまったく楽しむ余裕もなく、疲労困憊で帰りました。

「練習ではできてるのに、もったいないなぁ」

「本番でやってるところも、見たかったな」

当時は、そんなふうに思っていました。

でも今は、少し違う見方をしています。

みんなと同じことを、同じ場所で、同じタイミングでやる。

それが、長男にとってはとても難しいことだったのだと。

「やりたくない」のではなく、「その場にいること自体が、しんどかった」のかもしれません。

点が、線になるのはずっと後

こうして振り返ると、いくつものサインがありました。

でも当時はどれも、「育てやすい子」「少し怖がり」「もったいない」で片付けていました。

一つひとつは、小さな出来事です。

それぞれが、はっきりした問題として見えていたわけではありません。

これらの点が線としてつながり、「長男には発達特性がある」とわかっていくのは、もっと後のことになります。

だから、もし今「うちの子、少し気になることがあるけれど、まだ小さいし」と思っている方がいたら。

その違和感は、間違いではないかもしれません。

でも同時に、今すぐ何かを決めつける必要もないのだと思います。

小さなサインを、無理に意味づけしなくていい。

ただ、「こういう見方もあるんだ」と、心の隅に置いておく。

それだけで、後から振り返ったときに、少し楽になることがあるように思います。

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