こんにちは。hug-mamaです。
寒波と暖かい日が交互に来るような毎日ですね。今年は一度も体調を崩さずにいられるかと思っていましたが、寒暖差で子どもたちが体調を崩してしまいました。記録更新ならずです。
冬の終わりはもう少し先のようです。油断せずに過ごしたいですね。
診断がついても、日常は止まらなかった
長男は未就学児の頃に発達の特性が明らかになり、診断を受けました。特性に気付いてから診断に至るまでの経過については、こちらの記事にまとめています。
今回は、診断を受けた”その後”にも続いた、想像以上に慌ただしい日々についてお伝えします。
この頃の私は、「何を選んでも間違っている気がする」状態で、がむしゃらに動いているのに、前に進めていないような感覚がありました。
「療育」という選択肢に挑戦した日々
長男に特性があるかもしれない、困り感を抱えているかもしれないと気付いてから9カ月後に診断を受けた時、一瞬、ゴールに到達したかのような感覚がありました。「診断が付いて、加配が決まったので一安心」という感じです。ただ、日常は続いているとすぐに気づくことになります。
診断がついた報告をした数日後には、学校から「今後について相談したい」と申し出がありました。加配がつくまでの数カ月の対応を検討する必要があったためです。
会議では学校では相変わらず落ち着かない毎日が続いていて、1日1日を過ごすのが心配の連続ということが共有されました。学校からは、学校以外の居場所として「療育」を利用することを勧められました。
初めて聞く言葉でしたが、一人一人の支援計画を立てた上で専門的に支援する仕組みということがわかりました。まだ続くのかという一瞬の怯みはありましたが、長男が少しでも落ち着いて本人らしくいられる場所ができるのならと、役所に再度連絡し、療育を利用するための申請準備を進めることになりました。
具体的には障害児支援利用計画案を作ってくれる相談支援事業所との契約と、療育探しです。ここでも役所からのリストを片っ端から連絡し、受け入れ先を探しました。
相談支援事業所は医師の診断を受けた時と同様に、どこも逼迫していて、周辺市町村まで広げてなんとか見つけることができました。療育も、各事業所の得意分野を調べ、合うと思われる数カ所を見学し、本人を連れて体験に赴きました。
相談支援事業所の担当の方によると、役所の福祉課もとても混んでいて、申請・審査などに数週間以上かかることが予想されました。本人の現状からすると1日の猶予もない状況だったため、かなりヤキモキしました。大人の時間と子どもの時間の重さは違う、「様子見」や「待ち」はなるべく少なくしたい!と感じる毎日でした。
頼もしかった専門家の言葉が、苦しくなった瞬間
結局療育の必要性が認められたのは新年度に入ってからでした。療育へ体験に行った時の長男はとても落ち着いていて、うまくやれそうに見えました。専門知識を持つ療育の職員の言葉はどれも頼もしく、人数も少人数だったので、学校よりは落ち着いて過ごせるのではないかと期待しました。
週に数回、午後のみ数時間通うことになりましたが、特性を持つ子の居場所探しが簡単ではないことを知るのに時間はかかりませんでした。通い始めて当初は小集団で少しずつ自分の気持ちを表現したりするなど成長を感じられる様子が見られましたが、コロナ禍で利用者が多い事情も重なり、次第に小集団でも落ち着いて過ごすことが難しくなっていきました。
安全面などを考慮した療育からの勧めもあり、利用時間を調整し、他の子がいない午前中に1体1で療育を行うことになりました。
そこではアンガーマネジメントやパニックになった後の振り返りなどを集中的に行うことを勧められました。内容について長男の話や療育からの報告を聞いていると、パニック後の長男になぜ怒ってしまうのか、自分の何が悪かったのか、どうすれば怒らないでいられるかを振り返る活動を都度行なっているようでした。
専門家による方針だったので、当初は受け入れていたのですが、自己批判的な活動により長男の自己肯定感はますます低くなり、落ちつかさなに拍車がかかってしまっているように見えました。
正しいはずの支援なのに、長男が少しずつ小さくなっていくように感じて、胸がざわつきました。
正しいはずの選択が、揺らいだころ:療育を一時停止した理由
この頃の医療との繋がりですが、最初に診断を受けた療養センターでは定期での受診は必要ないと言われていたことなどもあり、相談先として、定期で診てもらえる主治医を探して別のクリニックで数カ月先の予約をとっていました。受診までの数カ月間、なんとか騙し騙し毎日を過ごしていました。
少しでも落ち着ける場所をと療育に通ったことが正しかったのか、悩む毎日でした。ただ、通い始めて3カ月近く経った頃、療育をしばらく休ませる決断をします。長男に疲れが見え、自分を否定するようになっていたからです。
療育に通えないと学校に負荷がかかることを考慮し、週に何日かは仕事を早退して自宅保育をすることにしました。
次回は、新たな主治医との初診についてお伝えします。


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