【キャリア編①】仕事が私の軸だった頃 ― 独身時代、がむしゃらに働いていた理由

キャリアと働き方

 今回から数回に渡り、私のキャリアについてお伝えします。最近、女性の後輩と話をしながら、ふと「昔の自分はどうだっただろう」と考えることがあります。

 「女性のキャリア」について語られることは増えましたが、自分で思い描いていた通りに人生は進みません。幼い頃から憧れていたキャリアウーマンは、女性を取り巻く色々な場面や課題については全く考慮されていない「イメージ」でした。

 ただ、経験を重ねる中で、人それぞれのキャリアと人生があるのだとわかるようになりました。思い描いていた形とは少し違っても、結果として幸せならそれでいい。そう思えるようになりました。

 【キャリア編】では私自身の仕事への思いや結婚・出産などのライフステージの変化によってどんな迷いと向き合ってきたかをお伝えできればと思います。

 初回は、仕事を主軸にできていた独身時代の話です。今振り返ると、がむしゃらに仕事をして、自分のことだけを考えれば良かった貴重な時期でした。

やりたいことをやらせてもらった新人時代

 人より少しだけ遅めに社会人になった私は、第一希望の社に入社しました。

 激務で知られる業界でしたが、入社後すぐの配置先はたまたま残業があまりない部署だったこともあり、最初の数年はのびのびとやりたい仕事に取り組ませてもらいました。

 もともと仕事もプライベートも大事にしたいという考えだったこともあり、この働き方はかなり恵まれていたと思います。

 同期たちは毎日残業するような部署に配属されていましたが、花形部署と言われる彼らのことをあまり羨ましいとは思っていませんでした。激務ではないもののある程度の裁量が許容されていて、自分のやりたい企画などに積極的に取り組んだりしていました。

 数年後、最初の人事異動では同期の誰も経験していない激務の部署、かつ遠隔地への異動が命じられました。自分のエリアに責任を持って取り組むのは責任重大で、それまでの自由度は激減しました。ただ、期待されていると自分を追い込んでいた私は、なんとかこなしていました。

激変した勤務スタイルと自己嫌悪に襲われる毎日。

 この頃は勤務時間も長く、常に他社との競争にさらされる一方で、上司や先輩とは電話やメールでのやり取りしかできない状況でした。

 「見よう見まね」をしようにも、その対象が目の前におらず、生来の生真面目な性格で完璧を追求しがちでした。ただ、入社数年の私には底力はなく、うまくいかないことが重なり自己嫌悪に襲われる毎日。次第に心身の調子を崩すことになります。

 よく寝られない日が続いたある日、急に涙が止まらなくなり、限界が近いことを悟ります。会社への相談と受診ののち、数カ月の休暇を取ることになりました。

回復後の復職で天職との出会い。

 地元に戻ると、家族は何も言わずにいてくれました。その後も受診と服薬を続けながら十分な休息と栄養をとった結果、少しずつ回復していきました。

 数カ月経つ頃にはテスト出勤できるまでになりました。ただ、以前の部署に戻ることは難しく、全く畑の違う管理部門で数時間から慣らしていきました。

 入社時点では全く想像しておらず、自ら望んだ部署でもありませんでした。ですが結果としてこの仕事が性に合っていたようで、心身の回復とともに、やりたいことがどんどん膨らんでいきました。

 あまりにも意欲的に取り組むため、時折上司から飛ばし過ぎを心配されながらも、自ら学びながら業務をこなしました。社員をサポートし、業務の空白を埋めていくような仕事に誇りとやりがいを感じていました。

 出社するのが毎日楽しみだったこの頃は、このままキャリアを築いていくことになんの迷いもありませんでした。休職したことを忘れるほどに回復し、キャリアを磨き続けられると思っていました。ただ、多くの女性が経験するライフステージの変化が私にも訪れることになります。

 次回は結婚、出産とライフステージの変化で現れたキャリアへの迷いについてお伝えします。

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